大判例

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最高裁判所大法廷 昭和32年(オ)577号 判決 1961年1月25日

上告人 河東勝太郎

被上告人 山梨県知事 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士青柳孝、同青柳孝夫の上告理由第一の一(イ)について。

所論は、昭和二五年政令二八八号二条一項本文中かつこ内の規定は、自創法(自作農創設特別措置法の略称、以下これに準ずる。)で認めた保有制度を無視し、公共の必要限度を不当に逸脱し、ことに政府がこれを所有しなければならない公共の必要性がないから、憲法二九条に違反すると主張する。

しかし、本件土地のように同政令二条一項三号に該当するものとして上告人(控訴人、原告)より国に譲り渡すべき処分をしたような場合は、自創法で認めた保有制度とは何ら関係のない別個の理由による譲渡であることはいうまでもないのである。すなわち、自創法が、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させ、また、土地の農業上の利用を増進し以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るには、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて同法一六条により売渡をなした場合にその売渡を受け所有するに至つた者がその農地の耕作をやめたようなときは、その売渡の目的、換言すれば、自作農創設の目的は失われるのであるから、これを自作農として農業に精進する見込のある者に譲渡せしめこれをして該農地を所有耕作せしめようとするのである。そして右農地の耕作をやめたとき差し当りかかる農業に精進する見込のある者がない場合その他命令で定める場合には一時暫定的に政府が当該土地を譲り受け、さらに適当な者があればこれに売り渡すものとしたのである。この場合は、自創法一六条によつて売り渡された土地が売渡の目的にそわなくなつたためこれを買い戻す性格を有するものであつて、かかる政府の先買権は上告人が本件土地の売渡を受けた当初から自創法二八条の規定により予定されたところとも云うべきである(本件では原判決も判示しているとおり昭和二七年一〇月一日附で国が上告人から本件土地を譲り受けたが同二九年七月一日さらに耕作者小林古丸に売り渡しているのである)。そして所論規定は右自創法二八条と同趣旨に出たものであつて、結局前述の公共の必要上設けられた規定であるから、何ら憲法二九条に反するところはない

同(ロ)について。

所論は、本件譲渡の補償は、結局同政令三条三項に規定する算式によつて計算された額を同政令施行令一四条で定められた本来の補償の額から控除した金額であるから憲法二九条三項所定の正当な補償とはいえないというに帰する。

しかし、本件のような政府に対する強制譲渡は前論旨について述べたとおり自創法一六条によつて売り渡された土地が売渡の目的にそわなくなつたためこれを買い戻す性格を有するものであり、上告人は本件の土地を自創法一六条により売渡を受けたものであつて、同法によれば売渡の後に売渡を受けた者について本件のような事情を生じた場合には、政府は売渡地の先買権を有し、その価格は売渡の対価と同額をもつて足りると解すべきであるから(同法二八条二項、同法六条三項同法十六条、同法施行規則七条の二の二)本件の土地はもともと右のような条件の下に売渡された土地とも云うべきであつて、本件政令による政府に対する強制譲渡の場合においてもこれが対価は、曩になされた売渡の対価を返還するを以て足りる筋合であると解するを相当とする。そして本件譲渡の対価は同政令五条、同施行令一四条の定める賃貸価格の二八〇倍の額であつて、その額が右自創法一六条による売渡の対価(賃貸価格の四〇倍)を上廻るものであること算数上明らかであるから、本件譲渡の対価をもつて憲法二九条三項違反なりということはできない。

また、同政令三条三項の規定は、いわゆる強制譲渡の対価とは別個の理由による政府に対する納付金の規定であつて、むしろ譲渡者の農地自作の年数に応じて譲渡者に対しても土地の価格騰貴の利益(すなわち、前記政令五条、同施行令一四条による強制譲渡の対価と自創法十六条による売渡の対価との差額は、当該土地の価格騰貴による利益であつて、その利益は一〇年間自作農として農地の耕作に精進する結果享受させる趣旨のものである)を保有せしめようとするものである。されば、少くとも自創法十六条による売渡価格の返還を受けるほか、右価格騰貴の利益をも受ける以上、同政令三条三項所定の金額を政府に支払うものとしても憲法二九条三項に反するものということはできない。

同二について。

論旨は、自創法による保有限度内においても政府売渡しの農地を他に賃貸等した場合は本件政令の適用があり、右以外の農地であればその適用がないというのは、憲法一四条に違反するというのである。

しかし、本件のごとく自創法十六条により政府から農地の売渡を受けた者がその農地の自作をやめたような特別の理由ある場合には自作農創設の目的が失われるから公共の必要上本件政令によりいわゆる強制譲渡をするのである。かように特別の理由ある場合には他の一般の場合と異る措置が執られたとしても平等の原則に反するとはいえないことはいうまでもない。それ故、所論も採ることができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 横田喜三郎 島保 斉藤悠輔 藤田八郎 河村又介 入江俊郎 池田克 河村大助 下飯坂潤夫 奥野健一 高橋潔 高木常七 石坂修一 小谷勝重 垂水克己)

上告代理人青柳孝、同青柳孝夫の上告理由

第一、昭和二五年政令第二八八号(以下政令という)第二条、第一項本文中かつこ内の規定は憲法に違反するものである。

一、憲法第二九条違反について。

イ、財産権の不可侵と公共の福祉

各人の有する財産権に対し公権力による制限は許されずたゞ公共の福祉という制約の存することは憲法第二九条に規定するところである。そしてこれは国家権力が自由民権を濫りに侵してはならない鉄則を定めたものであることはいうまでもないところである。

自作農創設特別措置法(以下自制法という)がその個人の財産権としての所有農地を公共の福祉の制約の下にその所有限度として認めたものが、いわゆる保有制度である。しかるに右政令は、右自創法で認めた保有制度を無視し公共の必要限度を不当に逸脱したものといわなければならない。

第一審判決は「自作農創設によつて農民の権利を保護し一度自作地となつたものは永久に自作地とすべきものであり、その自作地については一種の国家管理を行うことをもつて、公共の福祉に適合するもの」としており、原審判決も亦この意義を踏襲している。しかしながら右のように解するならば自創法における保有制度と、こゝにいう公共の福祉とをいかに説明しようとするのであろうか。又現に行われている自創法による所有農地以外の農地賃貸借と公共の福祉とをいかに説明しようとするのであろうか。右判示のように解するならば農地全体について、賃貸を許さない趣旨を徹底しすべてを自作地とするのでなければ一貫性を欠くものといわざるを得ない。

およそ、個人の所有する物を賃貸して、その収益を得ることは所有権の一作用として当然認められるところであり又各個人がその基本的人権を享有し、その幸福利益を追及しうる状態においてこそ、公共の福祉も存するものということができるのである。自創法による保有面積を超えて、小作地を設定するならば、これは正に公共の福祉に反するとして、強制的に〃農業に精進する見込のある者〃に譲渡させ、所有権を喪失せしめることは到底納得できないところである。

しかのみならず、その〃農業に精進する見込のある者のない時は、政府がこれを所有しなければならないという点に至つては、一層その諒解に苦しむところである。いかなる公共の必要性によつて、政府がこれを所有しなければならないのであろうか。これこそ正に自創法による自作農創設は国家の恩恵であり、その恩恵という考えを以つて公共の福祉という言辞にきりかえ、それに叛するものは、その所有農地を没収しようとする考えのあらわれであり、この考えは、前述のような自由民権と国家権力との侵すべからざる鉄柵を自由に乗り越えようとする危険性を有するものといわざるを得ない。

よつて右政令は、公共の必要性そしてその現実性とを欠いているのであつて、これを以つて公共の福祉に適合するとして所有権を喪失せしめることは憲法第二九条第一項に違反するものといわなければならない。

ロ、財産権の不可侵と正当な補償

個人の財産権は正当な補償をしてこそ、公共のために用いることができることは、憲法第二九条第三項の規定するところである。

前述のように、政令にいう強制譲渡は公共の福祉に名を籍りて、個人の財産権に対する不当な侵害と信ずるのであるが仮りに百歩を譲り、公共の福祉に適合するとしてもその補償である同政令第三条、第三号に規定する算式によつて計算された額は正当な補償とはいえない。第一審判決は「自創法第十六条の売渡は自作農創設という目的のために行われたものであつて、決して買受人に不当な利益を得ぜしめるためのものではない」と判示する。たしかに右自創法の趣旨はその判示のとおりであろう。しかし、かりにその結果として買受人が利益を得たとしても、それがその農地から生ずる経済的価値であるならば、これをその所有者に全額支払つてこそはじめて正当な補償といゝうるのである。その農地の価格がすでに高騰したのであるからその高騰した経済的価格こそ正に正当な補償であり、その補償を支払つてこそ、財産権を保障した憲法第二九条第三項の原則を充足するものといわなければならない。しかるに右政令の補償については、本来あるべき価格を下まわること甚たしく、第一審並びに原審は「十年間においては著しい価格の変動はないものとみて譲渡人には先ず措置法の規定により売渡を受けたときその者が支払つた額と、当該売渡の日から強制譲渡の日まで同人はとも角自作農として農業に精進して来たのであるから、それをみる意味で年々新価格と旧価格との差額の十分の一を与えることを内容とする、算式によつて算出された額を政府に支払うこととし」と単に右算式の説明を示したのみで、右算式による額が本来あるべき額より低く見積つたことについては、納得しうる正当性の説明をせず、その支払金は一方的に「自作農創設特別措置特別会計に繰入れ、自作農創設維持事業の資金源に充てる」ことを以て正当性の根拠とするものゝようである。しかしながら右支払金が如何なる使途をもつかは、何ら補償の正当性を裏付けるものでなく、又これらの使途は全くその農地の所有者には明示されることなく、一方的に納付を命令しているのである。又自作農創設維持事業の資金を何故にこれら所有者の犠牲において積立てなければならないのか、その理由も明瞭に示されていない。いわんや、民法上の買戻の制度を、強制的な権力を有する行政行為に適用し、その正当性、合理性を裏付けようとするに至つては、全く納得しえないところである。殊にその差額の比は甚だしく、全額の約三分の一を政府が強制徴収するに至つては、正に財産権の不当なる侵害といわなければならないこの補償額が、いかに正当性を欠くかは、その後農地法の施行に当つては、右の算式による基準を止め、右政令においても基礎とした賃貸価額の二八〇倍を農地法第一二条同施行令第二条によつて維持し、政府への支払金の制度をなくしたことをみても肯れるのである。

たとえ処分の目的たる公共の福祉がいかに意義あることであろうとも、それによつて補償の額を本来あるべき額より低く見積ることはできないのであつて右政令による強制譲渡は正当な補償を欠くものであつて、憲法第二九条第三項に違反するものといわなければならない。

二、憲法第一四条違反について

前述のように自創法による保有限度内においても政府売渡の農地を賃貸した場合は右政令の適用があり、右以外の農地であればその適用がないという実質的な根拠は見出得ず、結果自創法は政府の恩恵であるという思想の一端をうかがうことができるのである。第一審判決は、右政令にいう強制譲渡は、「明らかに罰則的な意味をもつ規定」と判示するのであるが、一体何を以て懲罰に価するというのであろうか。自己の所有する物を賃貸することに、何故罰則を適用しなければならないのどあろうか。若し自作農創設に反する行為を以て公共の福祉に反するというのであるならば、政府売渡以外の土地について賃貸する場合にも亦右の「罰則的規定」を適用し、強制譲渡の対象とすべきではなかろうか。そうでなければ、憲法第一四条に保証する「法の下の平等」の規定に違反するといわなければならない。「法の下の平等」とは、法を不平等に適用することを禁ずるだけでなく、不平等な取扱いを内容とする法の成立をも禁ずる趣旨であることは今更いうまでもないことである。

又昭和二五年七月三一日から農地の価格統制は撤廃され農地を売買するについては、一定の制限は付されてはぬるがその価格は自由に定められることになつたのである。そこで前述のように、政令においても、その価格を賃貸価格の二八〇倍と一応定めながら、実質は、それをはるかに下まわる価格を補償額と定めているのである。このように自創法による売渡農地以外であれば一定の制限はあるものゝ価格は自由に定められながら、自創法によつて所有権を得た農地の場合にのみ、その基礎とする二八〇倍を遥るかに下まわる価格で譲渡しなければならないということは、やはり憲法第一四条に規定する「法の下の平等」に違反するものである。以上の諸点よりして、右政令第二条、第一項本文中かつこ内の規定は憲法に違反するものと断ぜざるを得ない。斯かる正当な要求が最高裁判所において、認容されないならば、国民は永久に違憲の下に権利を侵害されるので、慎重な御審議を求める次第である。

以上

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